俳 文

言葉と絵

ヴラディミール デヴィデ ―― ナーダ ジリャック

 

俳文

言葉と絵

ヴラディミール デヴィデ ー ナーダ ジリャック

 

クロアチア語から日本語訳 本藤恭代

 

UDK 886.2-1
DEVIDÉ, Vladimir
Haibuni : riječ i slika / Vladimir
Devidé ; < ilustracije > Nada Žiljak.
- Zagreb : FS, 1997. - 79 str. : ilustr.
u bojama ; 27 cm
ISBN 953-6052-88-1
970528089
http://www.ziljak.hr
http://www.gallery-hr.com

前文と謝辞

 本 書の内容は、私の著作  “白い花“  (1988,1994)と
日本、米国、ドイツ、クロアチアの雑誌に発表された
ものからなる。
以前に出版されたものと本書の違いは挿絵のあること
である。絵は本文に新しい次元を与えるだけでなく、
私の伝えたいことや動機を補足し一層豊かに明確にして
いる。挿絵を描き、個々の俳文の状況など細かい説明を
飽きないで聞いていただいたナーダ ジーリャック夫人
に感謝とお礼を申し上げる。
なお、この半世紀の間、クロアチア、スロベニア、
日本で出会い、この俳文を書くように励ましていただいた
皆様に感謝を申し上げる。
本書は現在までクロアチア語(1997)、英訳(l997)、
ドイツ語訳(l999)が出版された。今回、妻の本藤恭代
による日本語訳が出版されることになりました。
最後にFSの職員の皆様の出会いと理解と専門技術が
なかったら、こんな立派な装丁の本はできなかったと
思われるのである。お世話になったFSの職員の皆様に
心からお礼申し上げる。

 

2006年9月 ザグレブにて
        
            ヴラディミール デヴィデ

ヴラディミール デヴィデ

 1925年5月3日ザクレブに生まれる。ザグレブ大学土木工学部卒業。数学者。
退職大学教授。クロアチア学士院正会員。クロアチア作家協会会員。クロアチア
ペンクラブ会員。世界俳句協会顧問。クロアチア俳人協会名誉会長。ドイツ俳句
協会名誉会員。
博士号取得後、イスラエル、日本で数学の研究をする。オーストラリアのメル
ボルンのモナッシュ大学客員教授。米国オハイオ州立大学客員教授。わが国および
国際数学者会議やシンポジウムに多数参加。クロアチアの“ルーデル ボシュコヴィ
ッチ賞“受賞。ザグレブ市賞受賞。国際"Le Prix CIKALC"賞受賞。
日本政府より勲三等瑞宝章受賞。ライフワークのためクロアチア国より金色の
花輪勲章を受賞。日本政府より文部科学大臣賞を受賞。
数学の分野では、40の学術論文を発表。300余りの専門数学と一般的数学の
記事を発表。60余りの講演の結果、数学専門書17冊出版。
日本学と日本文学の分野では、300以上の随筆、記事、テキストをクロアチア、
アメリカ、日本、ドイツの雑誌に発表。講演は数学と同じように60余りで、
それらの結果、日本学関係書は18冊出版。 

ナーダ ジーリャック

画家でグラッフィクアーティスト。1944年ザグレブに生まれる。1967年ザグレブ美術
大学卒業。1970年アルベルト キネルトゥ教授に師事し専攻学科卒業。フリーラン
サー画家。画布に油彩、画紙に油彩、素描、水彩、パステル、グラフィックアート、
乾針、銅板、リノリウム版など多くの画風がある。クロアチア、ボスニア ヘルツェゴ
ヴィナ、オーストリア、エジプト、ハンガリー、ギリシア、ウクライナ、スロヴァキ
アの各国で70以上の個展が開かれ、作品はそこで展示された。彼女の
作品は世界の美術館や個人収集家が所蔵する。作品は画廊、病院、多くの友人に寄贈
された。ナーダ ジーリャックの絵画、挿絵、素描については、ペロ ブランカ フレヴニャック
著作、ジューロ ヴァンジュラ著作のモノグラフが出版された。批評や評論は以下のページに
収集されている。
http://www.gallery.hr.com
http://www.ziljak.hr
ナーダ ジーリャックの個展はクロアチア国内では、ザグレブ、ザプレシッチ、ピイェロヴ
ァール、クリジェヴツィ、オシェック、スヴェト イヴァン ゼリナ、ジャコヴォ、ゴスピ
ッチ、ラシニャ、オトチャツ、ヴェリカ ゴリツァ、パクラッツ、ヴィンコヴツェ、チャズマ、
ノヴァリャ、リエカ、スタリグラドゥ、ゴルニャストゥピツァ、ウマグ、オプゼン、オソル、ヴ
ァラジンスケ トプリツェ、ウネシッチの各地で1981年から2000年の間、合計36回展覧会を開催。
国外では、ハンガリー(1994年ブダペスト展、2002年ペチュフ展)、オーストリア(1995年グラーツ
展)、ドイツ(1996年アスバッチ展)、
ボスニア ヘルツェゴヴィナ(1996年ビハーチ展、サラエボ展、2005年モスタール展)、
エジプト(1995年カイロ展)、スロヴァキア(1999年ピシュトゥアニィ展、2000年ブラティスラヴァ展)、
ギリシア(2000年、2002年ロードスで地中海女性創作者国際平和組織展)、ウクライナ(1997年
キエフ展)など各国で開催。

 

草の中に寝転んで眠りに落ちる前、細長い草の葉は眼前に
その後ろに遠く青い山々。

     地面の小石は草の中に散らばり、虫達は刀身状の
     葉を進み、ぶよは草の間を飛び交い ― 全く真近。

遠くの山々は森で覆われ、山の麓に町々が広がり ― 人々は
そこで生き働く。遠く無窮の遠くに。

間近な草と遠くの山々の間に何もなし、全く何もない。
山々は草に続き、山々は草の中にあり、山々は草である。
刀身状の草草は遠くの山々の木々、地面の小石は遠くの町々;
    
     草の中の虫達やぶよは遠くの町の住民達、
     山の頂上の樹齢百年の松は細い小さな一本の草、

 

     この一本は空へ向かって真っすぐに突き進む。

                     草に伏して
                     遠山の前に
                     何も無し

空を行く雲は消えて再び現れる
心や考えや恋のように

真っ白くて柔らかく清らかな雲は鳥達の巣の屋根 ― 
雲は無意識に不思議と忘我と静けさの中に生きて死ぬ。
何故なら地上の生活を見たから。

 

雲が高い時、苦しみと喜びを離れて高い時、すべての物は
全く小さく見え、おもちゃのよう、集まったり、離れたり、
空きを埋めたり、広がりを空にする。常に変わる ― 刻々と
― いつものように同じ ― ファラオの前の大昔から今日まで。

 

     しかし雲がつらい時、暗く沈んで苦しい決意をする前、
     泣き崩れる前は日の下の冷たい所に座り、思いに沈んで
     黒く不安  ― その時は静寂が支配する。
     
                    黒雲は
                    地上へ降下
                    何と陰鬱なことか!

 

枝々の網目の向こうに広がった空 : 黒雲のマットから、
星が撒き散らされた野原に沿って雨が降る ― 
街灯の周りに濡れた火花は群れる。

頭髪の中 ― 黒髪の間、夜の帳の前に ― 
燃え尽きた真珠の灰は輝く。

ただ、まつげの上の雨滴が滑り落ちなければ!
雨滴を通して眺める時、滴は無数の火花となって
飛散しあたりを飛ぶ : 銀色の羽虫のヴェールが星の間をさすらう。

両目は ― 永遠に温かい星、飛び散った秋の破片の中で

               何ときれいな : 
               かわいい両目を見るのは
               雨の滴を通して ―   

 まつげの上の雨の滴を通して    

大暴風 

猛烈な大暴風は暗く重い雲を追い立てる。幹を壊す時、大暴風の
絶叫が聞こえる ; 山々に砕ける時の大暴風の悲鳴。
天の神が襲いかかる、森や草原に ― 解き放された巨人は
こぶしを振るう。逃亡した巨人は鎖を引き裂き、口から泡を出し、
打ち砕きぼろぼろにするために谷へ突進した。稲妻は彼の眼差し、
雷鳴は彼のこぶしの強打。

     向こうの山々に着いて傷ついた野獣のように倒れた。
     山々が彼を引き裂いた ― 大暴風はどこへ行き、何を造り、
     何を壊すために ? 彼は震え始めた ; 強打はまれになり、
     唸りは鈍った。

     彼は倒れた。殺された。

                        雷鳴の炸裂音
                        死んでどすんと落ちた
                        天から地上へ

そのように倒れた時、大暴風は泣き始めた。そして大きな雨の滴は
静かに降り始めた。草を生き返らせ、ねじれ折れた枝々の傷を洗うように。
大暴風は、静まって、温かい涙で洗われて寝入った。全く静か : 鳥や
こおろぎは黙った。時さえも尊敬して止まった、壊れた巨人の死の前に。

小川

いつか、道を歩きながら干し草の刈ってあるそばを通った。
遠くに艶やかな亜麻色の髪の乙女を見た。解き放された
滑らかな髪はまるで、豪雨が降ったり春に山雪が解ける時の
山間の小川の中の丸い白石の上を流れる水。

     乙女が美しかったかどうか分からない ; 私が一瞬見たのは
     大きな青い両目。

 

その後二度と見なかったが、長い間、昼も夜も、その亜麻色の髪の
乙女の姿が心に映った。

                      丸い石の上を流れる :
                      山間の小川の水は ― 
                      乙女の髪。

     草原で青い花を摘んで亜麻色の髪に挿したかった ; 忘れな草や
     青い釣り鐘草の花などを。

今あの亜麻色の髪の乙女はどこに? いまでも彼女の髪の残像のみは、
天の川に残る。あの数本の毛髪のみは、熟れた麦の黄金色の藁茎にある。
あの一房の髪のみは、落日の陽光が唐松の木立を突き抜け、山間の小川の
丸石の上を流れる水に反射する時、その輝きの中にある。

黒い木いちご

らいちようの叫びは恋の歌 ―
     ― 森の中、唐松の間のらいちようの叫び。
きりぎりすの鳴き声も恋の歌 ―
     ― 夕暮れ時、雨後、畑の中で鳴くきりぎりすの声。
蝶の飛翔も恋の歌 ― 
     ― 蝶の飛翔、蝶の羽は飛行中。
花の香りも恋の歌 ― 
     ― 日没時、野原の花の香り。
青い空も恋の歌 ― 
     ― 空と空の向こうの青い空。
祈りのささやきも恋の歌 ― 
     ― チャペルでささやく祈り。
恋もそのまま恋の歌 ― 
     ― 愛の詩は恋の歌。
                   夕暮れ ; 夕闇迫る頃
                   草原を連れ立って

 黒い木いちごを過ぎた。 

 

空から地を慰めるために降りてきた ― 無数の雨の滴 :
静かに夢見るように遠山の前に雨のヴェールは広がる。

秋の雨は秋の花や草や葉を洗い、ひっそりと歌いながら
満足して去る。一粒ずつの雨の滴は明るさと陰惨さと秋の色を
運び、心の中から不安と不満を洗い流し、遠くへその光と蔭を運ぶ。

                     秋の落ち葉は
                     ― 細道に
                     雨に濡れて。
          
     日光は双眸に輝き、別の両目の中に蜘蛛の巣の雨滴は
     散らばり光る。滴は光る、周りの至る所に ― 地に、裸の
     梢に、星の間の空に。

     もう夜になったが、雨は今もきらめいて明るさと暗さの間の
     差を消し去り、時間も場所も消し去る。すべての滴、すべての
1     個々の滴 : 一粒ずつの滴の中に世界は映る。

                      陽光は双眸に輝き
                      星は散らばる
                      秋のゆうべ

四季

春は朝。虚空を切った青い蝶は黄色いタンポポの周りを飛び ―
太陽に向かって帰る。春に運ばれ春を運ぶ。

                   青い胡蝶!
                   羽を捕まえたが
                   ― 放してやった。

夏は真昼。道の曲がりと、側の小川に挟まれた、澄んだ浅い
水たまりに小石や去年の木の葉は浸かり、そこに茂る植物は、
肉太の茎、鞣革状の葉、金属のような花 :金色の花弁、極細の
針金状の柄を持った金色のずい。
                    金色の花々
                    その一つだに
                    摘むまい。

秋は夕べ。最後の落日の陽光がぶどうの葉を突き抜ける。苔が一面に
生えた樫の切り株と、泉の真上を高く舞う鷲は、山の秘密を守る。

                    秋の葉を貫く
                    陽光は : 黄色、
                    金色、茶色、赤色。

冬は夜。黒い空に氷の針。月の影は青い鋼。樹脂の多い節のある枝は
炉辺で煙る。
                    下りる
                    窓の帳は。
                    祖母は瞼を閉じる。

子供達

誰かが子供達のことをこう書いている。子供は風、子供は空、子供は地と。

埃の立つ真っすぐな道。子供達は道路脇で泥の家を建てている。
鵞鳥は一列になって道を横切る。遠くからおんぼろバスが近づいてくる。

                   埃の立つ道
                   バスは子供に警笛を
                   子供はバスに手を振る。

(警笛を鳴らしたバスの運転手ではなく、バスそのものを私はよく知っている。)

木々に囲まれた、森の中の牧草地。子供達は八方に逃げる ; 鬼ごっこしながら。

                   色彩に富んだ
                   子供の群れ
                   緑の草原を横切る。

― もう少し遠くに

                   子犬は走る
                   丘の上へ
                   子供達は坂下へ

郊外の小さなあばら家。中庭で幼女は太っためん鳥を抱き締めながら運ぶ。

                   一番大好きなのは
                   この子は言う。チーズケーキと

  脂肪を塗ったパン。

すみれ

 

東京の一軒の家、外国船員達がよく立ち寄る所、その家の前で少女は立って
すみれを売っていた。

     家の中には少女の姉がいる (父親は交通事故死、兄は大学勉学中、
     それで夜間だけ稼ぐ)

今日は船乗りたちは来ない (彼らは普通、乱暴で下品でチューインガムを噛む。 
― しかし概してきちんと支払うし、タバコやチョコレートを置いていく。)
今日来たのは遠くヨーロッパの小国から来たサッカー選手達。

     彼らは母国で大変な人気 : 彼らについて新聞は書き、写真も載る、
     若い女の子達は彼らの写真を切り取って帳面に貼ったり、テレビの
     側に置く。― どんな辺鄙な田舎でさえも。

サッカー選手達は酔っていた。彼らが皆去ろうとした時、姉は意識を失って倒れた。
彼らの一人がブランデーで目覚めさせようとしたが、成功しなかった。そこで
全サッカー選手達は支払わないで、残りのブランデーを飲み干して逃げた。

     少女はまだ姉を待っている ; 雨は降ってさむい、しかし一人で自分の家へ
     帰れない。少女はまだ知らない、姉が今日チョコレートを持ってきてくれ
     ないことを。

                             夜間、雨降りに
                             少女は売る
                             しおれたすみれ

母と娘

 

階上の部屋で母は純白な娘のために白い衣装戸棚に白い衣類や白い寝具を用意する;
注意深く、整然と真っ白に。                  

                           念入りに準備した
                           白い衣装戸棚の中は :
                           娘の嫁入り支度。

階下の庭で娘は芥子を摘んでいる :

     質素な服に身を包んだ清い花壇の中の ― 花と蝶の女王。裸足で地と
     草を歩く ― 地と草の女神。桃を一つ食べて種を投げ捨てた ― 果物と
     太陽と空の女主人。女主人は地から天への女王で女神。

                           手折って
                           籠へ投げ込む
                           青い芥子

白い寝具が白い衣装戸棚の中で眠っている間、果樹園と庭の向こうで娘は両腕と髪を
広げてた。月光が衣類を漂白している時、娘は髪で日光を編んでいる。

牧草地

 

疲れた、疲れた果てしなく、嵐の後 : あなたが落ちたりんごを集めて
いるのを見てたから : 中庭で濡れた草や濡れた砂利の中から濡れた
りんごを ;

疲れた、あなたが衣類を干すのを見てたから :
白い、清い、洗ったばかりの ;

疲れた、隣の村から野原を通って牛乳を運んでくるあなたを見てたから ― 

     私は知っている、あなたに決して何も言えないのを 
     ― だが、私に苦しくない ; あなたの存在は幸福の現在 ;

     私は知っている、決してあなたの髪や腕に触れることができないのを
     ― だが、私に苦しくない : あなたの髪は真の春、あなたの腕は白い天使 ;

     私は知っている、あなたよりずっと前にこの世を去って無に帰するのを
     ― だが私に苦しくない :

あなたは自分の山々に囲まれて草原や牧草地にいるから ― 

                              牧草地は : 緑、
                               黄、白、青、
                              赤の海原。

夕方寒い部屋で

暖房のない部屋。外は冷たい風が吹き、雨は大降り。白い琺瑯製の
水差しは水が満杯。
                 屋根裏部屋の小窓越しに :
                 りんごの葉から
                 雨は滴る。

白いエプロンをした少女は牛乳の入った器を持って来るだろう。厚くて
重く暖かい陶器製のコップを。
                 木の階段を
                 上がって来るとき
                 彼女の足音がする。

土砂降りの雨は止んだ。牧草地から靄の湯気が立つ。熱い牛乳は厚い器から
湯気を立てる。表面に黄色っぽい輪の薄皮が張る。

     教会は晩祷を招く ― 鐘を打つ音、もう一回、そしたら
     全くの土砂降り。
                 広々とした野原は
                 鐘の音に沈み
                 まだ聞こえる彼女の声。

風が来た。空は雲で隠された。一ケ所青白いぼんやりした星が瞬く。
薄暗がり中の一滴のミルク。

太い林檎の木の側の階下の窓にもう明かりはない。青いエプロンの
少女は多分もう寝たのだろう。
                 夕方の微風 ― 
                 青い山々は浮かび ―    
                 夢見るように眠る。

白と青

 

山々はまだ雪の花びらが散っていたが、草原はもう雛菊の花で一面に
覆われている。頂上から谷底まで白が走る。ミルクの入った乳搾り桶の
中まで。

                     白い雪、
                     白い雛菊の花、
                     白いミルク。

芝生は忘れな草の花が溢れてる、晴れた空から来た大雨滴のように。
彼女の瞳も二つの忘れな草の花。

                     青い空、
                     青い忘れな草の花、
                     青い二つの瞳。

山の端で白雪は青空と出会い、草原で白い雛菊の花群れは青い忘れな草の
花群れと接す。白い眼球の中で青い瞳がすいすい動く。

     何で彼女が忘れられようか。私は知っている。忘れな草から
     彼女が忘れな草を見ているように、モミの木から彼女が
     モミの木の側に立っているように、石から彼女がその上に
     座っているように、小鳥から彼女が歌っているように、湖上を
     群れ飛ぶ羽虫から彼女が踊っているように目に映る。

                     白い残光
                     青い日暮れ : 双眸は ― 
                     ミサの静寂。

野生のシクラメン
 
中庭の真ん中にレンギョウの藪が茂ってた。その枝陰にある日、彼女は
森からシクラメンを持って来て植えた。それらは毎年花が咲いた。
その後ある日、私もシクラメンを持って来て彼女の側に植えた。

何年も経て再び立ち寄った時、シクラメンはもう無かった。

     ― あなたのシクラメンはもう咲かないんですか?

     ― 今ここは光が少な過ぎます。あなたのも一つありましたが。

その夕方クローバ畑は深緑、雲は高く、山の陰は青深い : 何故ならば
“ あなたのも一つありましたが “  この最後の言葉を彼女はいくぶん静かに
言ったから。

                        レンギョウの陰と
                        赤いシクラメン。

 空色の思い出。 

帳面  

東京のある領事館に男は勤務していたが、日本女性達には “ フランスの
パイロット、ジーン  ポール  “ と自己紹介していた。

     ― 出会った時 ― 彼は次のように言った ― 美しい女子
     高校生と、彼女は英語を勉強している ― 一生懸命勉強して
     いる、相当理解できる。彼女は言う彼女に会話が十分でないと。    
     “ ええ、そんなこと簡単 “ ― 私は言った ― 
     “ 私の所に来なさい、そして会話をしましょう “
     その日の午後彼女は私の所に来た:罫線の入った新しい帳面と
     新しい消しゴムを買って、鉛筆を尖らして。
     彼女は英語が学びたいとは! 
     “ ねえ君、ちょっと馬鹿じゃない ” と私は彼女に自国語で言って、
     押し倒して、脱がせ始めた、彼女は抵抗して、もがき、子馬のように
     蹴り、叫び、泣き、母の助けを求めた。やはり私の方が少し強かった。
     彼女は処女でした。彼女は泣き喚いていたが、やっと起き上がり去って
     行った;自分の新しい帳面、消しゴム、尖った鉛筆を拾い集めて、
     さようならも言わないで。
     日本女性は礼儀正しいと言うのに泣き喚くなんて!

偉大な神よ! あなたは全ての人をお許しになりますか…あなたは
彼もお許しになりますか…

本当に、多分正確にはあなたの偉大さはそこにある、彼をも許せることは…

     しかしあなたはどのようにできますか?

                        少女は去る
                        新しい帳面を持って
                        涙に泣き濡れて。

イチリンソウ

白い花は白いキスの絵印、その匂いは黒髪の匂い;

     まるで黒い樹林の下に散らばった無数の白いイチリンソウの
     ように黒い髪の中で発散する ― 白いキスは。

山の斜面に白い花は生える;山の尾根は白雪を着てる、白い雲の下で ― 

     ― 黒夜に沈んで、白いキスは編まれて黒髪をさまよう。

来なさい、黒い森を通って向こうの草原へ飛んで行きましょう:雪が
解けている泉まで:白い雪片から育つイチリンソウの白い花弁は ― 
黒夜の今、白い星たちの間で独り。

     黒い唐松は白いイチリンソウを隠して白い陰を伸ばす。
     針葉は黒髪をもつれさせ、その中に白いキスを閉じ込める。

     見なさい:見えますか、あそこの下に黒い小川が流れてる
     ― 黒髪の束のうねり。聴きなさい:聞こえますか、鹿の白い
     叫び声が岩山から何と響くことか?

                   黒髪は
                   白いイチリンソウの側に ―
                   黒夜の星空。

紙の花

朝早く届いた、彼女からの手紙の中に一片の紙の花があった。この花を
水に浸せば、本物の花のようにゆっくり開くだろう。

水に浸したいと何度思ったか知れない。しかし、決心がつかなかった。
一度水に浸ければ、それでおしまいと知っていたから。

私は大切にしている。花の中に送ってくれた彼女を見る。私は花が
いつまでも蕾のままであって欲しいのだ。

けれども、時にぼんやりと疑問が頭をもたげる。いつまでも蕾であると
言うのは、生まれる前に死んでいることではないのか、生きていると
言えるのだろうか。

                        紙の花
                        色はうす青
                        かろき弁

日が暮れた。まもなく眠る。しかし、心はなぜか落ち着かない。
寝る前に、紙の花を水に浸したものかどうか、思案に暮れる。

松露

小さな松林。熊手を持った農婦が小さい白や灰褐色のきのこを集めている。
それが “ 松露 ”。
   閉じたまぶた ― その曲線は空を飛ぶかもめの翼。眼下には青い海と漁師。
                  陽光の中で女達がワカメを乾かしている。
          ― 見て、忘れな草よ!

丘の上。瓦工場。火の炉は日がな光沢のある粘土を焼き続ける。屋根の上には
赤や黒の瓦が、いま雨で洗われたごとくキラキラ輝いている。
          ― どうして…どうして私達こんなに好きなのかしら?

浜は湾曲し、再びまっすぐとなる。波打ち際には、取り残された海藻と貝殻 ; 砂に松。

雨が降っている間は全く静か。雨が瓦の上をゆっくり滑り落ちる。
     一晩中髪の毛を数える。髪の黒いうねりと海鳴り。髪の香りの、松と海の
     香りがまじる。
          ― ずっと一緒。いつも一緒に ; いつも、いつも一緒。
小道に沿って、小さな地蔵堂がある。水田と椿。たきぎを背負ったおばさん。
          ― ごきげんいかが? ここは気に入りましたか?

二人の子供が重いカバンをさげている。ここ都野津には普通列車しか止まらない。
急行列車は通過していまい、停車するのは浜田だけ。

台所には、きのこ、野菜、海苔、魚、みかん、“ 海の幸 ” と “ 山の幸 ”。
          ― お皿を洗ったらすぐ戻って来ます。お茶を持って来るわ。
     うなじの肌は柔らかく、絹のよう。この世のすべてに乙女は
     心をときめかせながら。

ここから余り離れていない所に五百年前、偉大な絵師 • 雪舟が住んでいた。雪舟が
つくった庭にはいまも鶴の形をした松の木があり、その下には亀の形の苔むした石が
見える ― 長寿の象徴の。
うなじの肌は柔らかく、絹のよう。この世のすべてに乙女は
     心をときめかせながら。

都野津で一番古い松の木は千年以上の前に、柿本人麻呂が植えたものだという。
近くの石に人麻呂の歌が刻まれている。この地に住んでいる妻が見えるように、
高角山よ、どいておくれ、と歌ったものである。

     うなじの肌は柔らかく、絹のよう。この世のすべてに乙女は
     心をときめかせながら。

                             黒髪の娘
                             丘の松露と

 砂、かもめ。

白点の流れ

白い煙の細い流れがうねって、天井に向かって、消えるかのように上昇する。
黒ずんだ髪の細い房が垂れて、こめかみ、頬、首に降りかかりえくぼの下の鎖骨に散る。

部屋の中の窓の下に、横長に白い寝台がある。窓の向こうに、隣の建物の側面の壁が
縦長に立っている。

ベランダの囲いの上に赤、ピンク、白の花の植木鉢が並んでる。植木の土が乾くと
水が注がれる。植木はキスのように水をむさぼり飲む。水は植木鉢から溢れて、
コンクリートの囲いに滴る。囲いは濡れて新しい色に蘇る。

家の前の地面は菩提樹の散った花の小さな塊が散らばっている。その黄色の中に一つ
だけ、たった一つ、ベランダから落ちた赤い花びらがある。

     彼は知っている、花を見る時 ― ヴェスナは言った
     “ 私達を見て、見て、何て私達は美しいのでしょう ”
     彼は知っている、それはヴェスナが言ったのではなく、それらの
     花が言ったのを。

外では、雨は祈り、許し、恵み、笑い、理解し、知っている…葉を洗い、花にキスし、
壁を抱きしめる…それらは彼女を喜ばせ、彼女はそれらを喜ばす ; 喜びと平和。

     ヴェスナが笑うと、顔に双眸に沿って帯状の濃い白点の流れが浮かぶ。
     一方の流れは左から右へ、他方は右から左へ。無数の白点の流れは集まっ
     たり、離れたりする。(それらは星の子供達) 彼がそれらを見て、それらが
     湧き出す双眸よりも多く強く確かなのを見ると、それらを見ることは何で
     あるか、見るものは何であるか知っている ― それらは大真実である。

          ― 私達を見て、私達がどんなに美しいか見て。
                            星の子供達
                            双眸の間に浮かぶ :            

                                                                        全く白い。

手紙

彼が彼女を好きになったのは、彼女が大変美しいからだけではなかった。勿論、
彼女の知性も彼に感銘を与えた。素朴と単純明快さは自ずと魅力と美があるが、その上、
本当に頭が良かった。好きになったのは遥かにそれ以上の何かがあった。

 

しかし、彼はほかの仲間達も彼女が好きなのを見た。彼らはもっと愛する権利があり、
もっと多くの可能性があった。簡単に言えば、彼らは彼女を幸福にできる。

それで、彼は彼女に決して好きと言わなかったが、雨の降る夕方など彼女に気づかれ
ないように、傘を鼻の辺まで低く下げて、彼女が夕食に行き、通り過ぎるであろう
場所に待ち構えて ― 通過する彼女を一瞬見てそれだけで満足していた。

その後何年も経てから、彼は子供連れの彼女に出会った。子供は母親と同じように
美しくなるであろう顔つきをしていた。彼と彼女は話しながら歩いた。彼は彼女に
一通の彼女の手紙を見せた ― それはかって彼女が彼に書いた唯一の手紙 ― それを
彼はその年まで特別に貴重品として大切にしていた、なぜなら彼に来た文字の一つ
一つが彼女のものであったから。
      
                                手紙の最後の
                           頁に、寝ていた文字は
                           目覚める。

再び別れる時、彼女は彼に小さな記念の品を買った。それから彼は広々した牧草地の
側を通り過ぎた。そこにはタンポポの花が溢れ、何千というタンポポの花が太陽の
ように光っていた ; 本当にタンポポは太陽。その時彼は悟った。一般的に言う
“幸福 “ は存在するという考えは全く信憑性のあるものだと知った。かってとても
好きだった人の幸福をあなたが目前に見るのを体験する時、それは正にこの幸福感
― たとえあなたが全く不幸だとしても。

カミツレ

レジナルド ホーレス ブライスはどこかで書いている。それは自分が死んだら
どうなるかというブライスの質問に対して答えた鈴木大拙の答えは :
“ 私は消えてなくなると思うが、将来の生活に対する願望も同じように事実です。“

望みも現実である。カミツレの花を摘みながら、彼の中で、花を見、香りを嗅ぐ
ように彼女とともにと願う :

            五百の花の                                                     百のキスの
           黄色の塊は                                                   赤い唇は
                       一つの器 ― 一つの口に。

全く白い光線のついた小さな太陽。注意深くカミツレの花を観察すると、若い花の
中央は小円錐形、成熟した花は半球、老いた花はまるで小さな干し草の山のよう。

           カミツレの花            双眸、唇、首
                   自然の全ての形は  
                   同じ顔。
彼の中で、カミツレの花々が彼女の髪の中を漂い、交ざり、彼女の匂いとカミツレの
花の匂いが交じる。
           カミツレの花の香は         彼女の髪の香は
                    記憶を呼び覚ます
           彼女の髪の香を。          カミツレの花の香を。

カミツレの花をひざまづいて摘んでいる。背後の青い空は十月にしては異常な青さ。
花の花弁は彼女のまつげ、花の黄丸は彼女の黒い瞳と交ざる。
                         
                        秋の空
           穏やかなカミツレの花の香は     淡い彼女の顔の輪郭は
                        夕闇に消散す。
ある花は折り取る時、花と共に一握りの土が揺れて、彼女の胸部の息のように、
十月の初めの午後の異常に暖かい空気が発散する。

                 草の間に散らばった
           お茶の花は           彼女の双眸は
           和らげ、夢を抱く。       この世の全て。

もうカミツレの花と彼女の顔の区別がつかない。両者は共に彼の心に深く沈んで
両者の一方をよく見ようとすると、花も顔もなんだか目新しく、両者のどれでもない。  

                  忘れ難い
                  永遠の美 
           花の顔。            顔の花。

ネフェルティティの首

まだ少年の頃彼は古代エジプト美術に狂喜した。一度、それはずっと後のことで
あるが、ドイツに滞在した時、西ベルリンの国立博物館へ見物に行った。

最も長く、数時間もいた場所は、プラスチックの四角いガラスで保護された古代
エジプト女王ネフェルティティの彫刻が展示されていた。その彫刻の周囲を回ったり
八方から、あらゆる角度から観察することができた。理想的な優雅な彫像はいつも
新しい細部と素晴らしさを見せた。特に彼がうっとりしたのは、ネフェルティティの
頭。頭の上方からゆっくり正面向きに見る時、それは柔和と女性らしさの理想的具現化。
しかし同じ頭を下方からゆっくり正面向きに見る時、それは自信に満ちた高慢な、多分
その上、少し威張った女統治者。しかし、芸術家の巧みさとモデルの美しさを見せる
のは頭だけでなく、ネフェルティティの首も同様である。ゆっくり傾斜して、体と頭を
つなぐ体の部分として、幾分、物質と精神の間の絶対的な要。素晴らしく形作られているの
で、その中で女の暖かい皮膚と彼女の精神の洗練性がきらめく。

                            ネフェルティティの首  
                            誇り高い統治者で
                            柔和な女性。

それから再び何年も後に、まるでネフェルティティの首のような夫人に何回も会った。
ある日彼女は大きく襟刳りの明いたセーターを着て来たので、体に至るうなじの線が
彼にはっきり見えた。その上、彼女は髪を短く切って髪型を変えていたので、頭に
至るうなじの線もはっきり見えた。本当にそれはネフェルティティの首だった。
それとも、ネフェルティティの首はこの夫人の彫刻であった。ロダンは彼の
リアリズムのために彼の彫刻は鋳造品だと訴えられたので、ロダンならこの夫人の
首の彫刻をネフェルティティの首のように形作ることができたであろう。

この生きた夫人の首はとても生き生きしていたので、無数のキスも優しい指の接触も

抱擁で包み込むことができないで全部発散した。

うなじに沿って
                             軽くキスは滑り
                             蒸発する。

彼は別れた後も、彼の唇にその夫人の暖かい皮膚の感触が残る。夜が来て、現実には
得られないものを夢見た。ネフェルティティの首は数千年前に形作ら